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20歳の頃。

今週のお題「20歳」

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20歳の頃、re:structureは京都に居ました。

 
当時はまだあまり京都のディープなスポットを知らない頃。新風館の中に入っていたヴィレッジヴァンガードと、(今は無き)BEAMSにはよく行っていました。
 
本屋は烏丸御池大垣書店と四条のジュンク堂。まだ恵文社とかガケ書房とか知らなかったときです。特に、大垣書店は当時の京都市内では珍しく23時までやっていたので、何かと重宝しました。
 
基本的に昼は学食ですが、授業が無い日とかはよく京都駅前の新福菜館に焼飯を食べに行きました。(新福菜館は地元のローカル番組の「ごはんリレー」というコーナーで知りました。)あと、ちょっと前に閉店してしまいましたが「おいけらーめん さまた」にも何回か行きました。
 
休みの日には寺町と新京極をぶらぶらしてました。ほかに、現在の位置に移転する前の河原町ビブレにあったロフトもよく行きました。凛として時雨の「#4」はそこで買いました。
 
秋になると自転車でお寺を巡ったりもしました。あと、当時の京都にはヨドバシカメラ東急ハンズが無かったので、そういった大型店に用があるときは四条から阪急に乗って梅田の方まで行っていました。
 
20歳を過ぎた頃からはバイトや就活が忙しくなってきて、テストの時期になると22時頃まで図書館で勉強して、それからは深夜のモスバーガーとかマクドナルドとかで勉強するようになりました。自分がよく行ったマクドナルドは大学受験予備校の近くにあって、問題集を解く高校生や浪人生と思しき人もいました。ほかにも、六法を片手に勉強する学生も見た気がします。
 
昔から人と関わるのが得意では無かったのですが、当時、自分と仲良くしてくれる友達が何人かいました。一人は一乗寺の辺りに住んでて、夜に友達数人と出町柳の辺りから彼の家まで歩いて遊びに行ったことがありました。途中においしいラーメン屋さんがあって、寄って行った記憶があります。
 
その友人はre:structureが鬱気味だった時期、他の友人たちと近くの芸大の学園祭に連れ出してくれました。帰りには近くのそうげんカフェに行きました。学生時代の、数少ない友人でした。
 
20歳とその後数年の記憶はそんな感じ。
あの頃からだいぶ月日が経ちました。
 
re:structureは就職で京都を離れました。
友人たちも、多くは京都を離れて地元や東京に出て行きました。住む場所が違って、それぞれ新しい生活が始まると、次第に会う機会も無くなっていきました。
 
少しだけ悔いが残るのは、最後まで自分の方から友人とのつながりを維持しようとしなかったこと。自分からもっと積極的に連絡を取っていたら、今でも何らかのつながりがあったかもしれません。
 
全部、過去の話です。
自分だけが、あの日から変われていないのかな。
 
ねぇ、教えてよ。
ねえってば。

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